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1年前の手紙
チャットモンチー3人体制最後のツアーとなった「YOU MORE前線」ツアーのドキュメンタリーが壮絶におもしろかった。過去最長となったツアーを時系列的に追いながら3人のインタビューを織り交ぜてくる。必然的に今までの3人の足どり、辿り着いた場所への想いを振り返る内容になる。

誰もチャットモンチーの事を知らない場所へ出ていっていた頃から客も自分たちのことを理解し期待する関係の中でのライブとは、「シャングリラ」という楽曲への悩みについて等、淡々とツアー道中を追いながら語られる今のチャットモンチーに対する3人の想い。明るいオフショットとは対照的な言葉たち。

ツアー中盤ZeppOsakaでの2DAYSの1日目の公演が終わり2日目のライブ迄のどこかの時間でくみこんの脱退は告げられた。チャットモンチーの状況に対して「もう一度花火を上げよう」と決意を新たにしたえっちゃんに対して、くみこんは「もう嘘はつけない」と脱退する旨を告白した。

ライブ前のリハーサルでステージに泣き崩れるあっこ、涙目のえっちゃんの姿は強烈な画である。僕はZeppOsaka1日目に参戦したものの、一体2日目も行っていたら何を観ていたのか…想像が付かない。ツアーは続いていき、このツアーを通じて「プロフェッショナルになった」と振り返る場面が続く。

えっちゃん「今なら、もう一度花火を打ち上げたいという思いは一緒なんやけどベクトルが違ったんやと思える。チャットモンチーに対する思いは、方向は違うけど一緒なんやって。」ツアー最終日、山形市民会館での本編ラスト「余韻」えっちゃんは最後涙が止まらず歌えなくなってしまう。

えっちゃんが最後に歌えなくなった流れ『私が出した音 あなたが出した音 それが良かった それでいいでしょう 私がとったリズム あなたがとったリズム それがわかった それでわかったでしょう 私が言ったこと あなたが言ったこと それが全部だった それで全部でしょう 他に何を望む…

えっちゃんが歌えなくなってしまった歌詞はそのままくみこんともう一緒にチャットモンチーとして演奏できなくなる事実に重なりすぎて僕も映像を観ながら涙を抑えれない。会場の人たちにはただツアーラストで感極まっているように見えたかもしれない。その意味を10日後に僕らは知ることになる。

YOU MORE前線ツアーラスト、7月19日山形市民会館から10日後の7月29日、チャットモンチー公式HPにてくみこんの2ヶ月後の脱退が3人のコメントと共に発表された。ツアーを体験した誰もがツアーのど真ん中でそれが決まり最後の涙にもただならぬ意味があったことを知らなかった。

くみこん脱退が発表されてからの数々のインタビューで僕らは新たに様々な事実を知ることになる。くみこんのモチベーションの低下に2人は気付いてた。チャットモンチーが落ち着き始めていたこと、新たな目標が見えない中、とにかく自分たちが楽しんでセルフプロデュースでアルバムを作るに至った事等。

「ツアーをやればまたおもしろいと想ってくれるんじゃないか」記憶が定かじゃないかどこかのインタビューでえっちゃんはYOU MOREツアーを始めた思いを語っていた。MC中は何度も「今まで苦しんで制作してきたけど、こんなにも心から楽しんで作れたアルバムは初めて」と盛んに強調していた。

3人体制最後のチャットモンチーのツアーを収めたドキュメンタリーは余すところなく、最後へ向かう3人の姿をさらけ出してくれる。悩みながら泣きながら苦しみながら後ろを向きながら前を向こうと踏ん張りながら…ただのツアーの追跡じゃない。3人時代の総括と、未来への足がかりを示す作品。


チャットモンチーのドキュメンタリーはそれ単体で素晴らしいと思うが、昨夜とにかく自分の胸を打ったのは藁にもすがる想いで未視聴のDVDの束から掴んだ1枚が、観れば観るほどひめキュンと重なるように思えたからに他ならない…わからない事が多すぎる悩みを、もしかしたら同じなのかもと思わせてくれた。

アーティストとアイドル、当然事情は異なる。ただ、グループが区切りを迎えてる予感、ツアー最中に知らないことろで決まっていた脱退…そしてえっちゃんが語る「私ももう一度花火を上げようと思うにもの凄いエネルギーが必要で、くみも一緒やったと思う。同じチャットモンチーの事を考えるエネルギー」


きっと同じじゃない。当然、ぜんぜん違うと思う。でも、チャットモンチーの映像を観ていてきっとひめキュンも同じだったんだろうなと思った。そう思いたかった。

考えても仕方がないとわかっていても考えてしまう。あーちゃんが脱退の理由と語る「学校卒業を期に考え直す」の真意は何なのか。2人の脱退が決定的になってからのひめキュンの内情はどうだったのか。他の5人は、伊賀社長、酒井さん、卓也さんがふとあの時見せた寂しそうな顔はなんだったのか。

チャットモンチーと違い、ひめキュンのこの時期のドキュメンタリーが観られる日はまず来ない。アイドルである以上出して欲しくないとも思う。でも知りたい、その欲求を少しでも紛らわしてくれた。紛らわすだけじゃなくその先に希望を感じることが出来た。少しだけ心が軽くなる。


チャットモンチーの昨年のこのドキュメンタリーの後の未来を僕らは知っている。えっちゃん&あっこは新生チャットモンチーとしてエネルギッシュに再び走り始めてる、迷いはもう無い。くみこんは今や詩人として画家等と共作で個展を開いて精力的に活動してる。ひめキュンをこの未来に重ねる事が出来る。

チャットモンチーもひめキュンも大好きだから勝手に重ねる。YOU MORE前線ツアーは神戸国際・三重文化会館・徳島市文化会館・ZeppOsakaの4回参戦だった。アイドル以外のツアーで4回観るのも初めてで、とても新鮮で楽しかった。息巻いていた長いツアーだったので気付けばという感じ。


松山へ行くのだって、めちゃくちゃに意気込んで行くというよりもいつの間にかただ好きで行くのが自然になってた。また松山か、と言われてもそんな気まったくしなかった。せいぜい1ヶ月に1回くらいだけど周りにそういう人が少ないからか、なんとなくよく行ってるみたいに見えたのかもしれない。

チャットモンチーのドキュメンタリー中盤、バスガイドに扮したえっちゃんが小さい頃作曲賞を受賞し曲を披露したゆかりの場所として案内したのがツアー凱旋会場の徳島市文化会館。ここが、自分が初めてひめキュンを観たきっかけ。この時のチャットモンチー観るついでに松山に寄ったのが始まりだった。

気持ち悪いくらいに夜中3時にすべてが繋がっていく…好きなものを観るために新たな好きなもの見つけ、好きなものが悲しみに打ちひしがれた先に希望を見つけた道しるべが、また別の好きなの悲しみを照らす…妄想と陶酔の元にすべてが繋がっていく。

チャットモンチーYOU MORE前線ツアードキュメンタリー、ファイナルの山形市民会館が終わり帰路につくえっちゃん、そして始まるエンドロール。画面が暗くなり映し出されるのはスタジオでドラムを練習してるあっことギターを弾くえっちゃん。笑顔の2人を最後映し出す。思わず笑ってしまった。

物語は続く

阿部愛友実・渡部恵美奈の脱退まであと1日。

(2012年3月9日 00:00:16)

by gulliverdj | 2013-03-08 20:43 | 独り言
原因はわからない事の方が多い・とても素敵なUSTREAM番組の話とそこで今週起こった事について
最近、毎週水曜日が楽しみで仕方がない。

世間によくあると聞く「水曜はNO残業デー」とか、楽しみにしているドラマがあるからとか、映画をお得に観れるレディスデーだから(そもそも関係ない)だからではない。大阪に今年から、平日夜の紳士の憩いの場が出来たからである。大阪の老舗ボーカル&ダンスレッスンスクールに通う少女たちが毎週撮影をしている様子を実際のスタジオで観覧できるUSTREAM番組「CUTE de BEAT」(毎週水曜日18:30〜)が始まったからである。スタジオ自体がたこ焼き機を備えたバースペースが併設されている場所になっているので仕事終わりにビールを飲みながらたこ焼きを頬張りつつ少女たちがトークしている様子を眺めることが出来る。おまけに会社から歩いて15分ほどのところにある。近い。

ここで驚くのは、番組の完成度が極めて高い事。ラジオ放送という事になっているため、毎回4〜5人前後のメンバーがテーブルに対して横並びになって私服で座ったまま番組は収録される。歌の披露は無い。あくまでトーク番組である。構成がおおよそ2つのコーナーと2回のCMによって分かれる。CMはイベントの告知やライブ映像のダイジェスト版が編集されている。時間はほぼきっちり60分で台本によって進行されるためダレた感じも無い。BGMがあり、効果音も随所に挿入され、マイクとの音量バランスもきっちりしている。上映は2台のカメラによって行われ、必要に応じて切り替えが行われ、しゃべっているメンバーにズームしたりもする。

ビックリするのはこれらの台本、設定、カメラ、PA操作をすべてたった1人の男性スタッフが行なっている事である。さすが大阪の老舗の芸能事務所、凄まじく優秀な方が現場にいる。直接話した事も名前も知らないのだが、何度観てもその動きに詠嘆し、密かに尊敬している方である。才能に溢れた少女たちが、そんな大人が用意したステージで輝きを放っているのを毎週、現場で生で観れるのは貴重な時間だ。

そんな人でも慌てる時がある。

先週の番組収録中に、ネット回線が不安定のためUSTREAMでのオンエアが中止になってしまう事態が起きた。途中に回線が切れ、何度か復活するものの数分経ってまた切れてしまう繰り返し。途中で番組の進行は困難と判断し、お詫びの放送をiPhoneから行った。それまで始めての事だったと話していた。僕自身も初めてだった。現場ではネットが切れてしまう度に、このたった1人のスタッフの方が色々原因を探るんだけど結局わからないまま。復帰するのを待っている間、メンバーはマジカルバナナを始めたり、オンエアの中止決定後も一部のコーナーは現場にいる人に向けてのみ行ったりして、現場でしか観れないものも多く不満を抱くどころかまったく逆に、レアなものが観れたと嬉しい気持ちの方が大きかった。

結局、原因はわからない。現場のオペレーションは完璧だった。台本に沿ってメンバーは番組を進行し、その1人のスタッフの方がすべて手動でカメラも音量も操作し、その淀みない職人芸がネット上にOAされるだけだった。でもそのネットへの接続の調子が悪い。USTREAMが落ちたのか?放送がブロックされたのか?プロバイダがサービスダウンしているのか?ルーターが壊れたのか?それらの問題は、現場の職人であるそのスタッフの方の問題では無かった。すぐに確認して解決が出来るようなことでは無いのは、現場にいた誰の目にも明らかだった。

こういう事は実に多い。Twitterの問題もそう。Twitterに繋がらない時に、そもそもTwitterクライアントが悪いのか、Twitter自体のサーバが落ちたのか、そもそも携帯の電波が圏外なのかわからない。特にTwitterのAPIの仕様変更に伴う対応にまつわる反応に顕著に現れる。僕も技術的に詳しいことはわからいのだが、Twitterの仕様変更によってすべてのTwitterクライアントが対応を余儀なくされソフトウェアのアップデートを行った。それに際して生じた変更をユーザーが「糞アップデート!!!」「(クライアント名)終わったな」と憤慨している。直接怒りのクレームを入れるユーザーもいる。自分が使用しているクライアント名で検索をかけてみると酷い事になっている。その原因が開発者ではなくそもそもTwitterの仕様変更であるのにも関わらず開発者が怒られていてしかも、謝っている姿は気の毒としか言い用が無い。

ネット外でもこういう事はある。電車に載っているとアナウンスで車掌さんが「電車が混雑しておりましてご迷惑おかけしております。」と話す違和感。混雑しているのは車掌のせいでもなんでもないのに。

3月1日に放送されたLCCを舞台にしたドラマ「チープ・フライト」でもCAに徹底的に「謝らない」と教育指導する場面があった。過剰といわれる日本のサービス業を象徴するシーンだ。供給されるサービスの当たり前のハードルが高くなりすぎた時に、顧客相手に必要以上に「申し訳ございません」と言ってしまう、接してしまう事は自分自身の業務を振り返ってもある事だ。


話が最初からだいぶ逸れてしまった。

うまくいかない時に、始めて普段うまくいっている事の恩恵を知る。失って初めてわかるその重要さ、とは少し違う話し。そんなセンチメンタルな感情じゃない。当たり前と想っている事の凄さをつい忘れてしまう事が多い。特にそれが目に見えないものの場合。「クレーマー」という言葉が一時流行ったりもした事がある。それは原因はどこにあるのか、どうにもそういうものが見えなくなって、見えないものが多すぎて、感情のはけ口をどこにしたらいいのかわからないストレスを抱えることが多い状況が増えた事があるからでは無いのだろうか、と思う。社会の複雑化、と呼ばれるものは多くの恩恵をもたらしながら多くの問題や仕組みを見えなくする。

ある感情が発生しそれが何かの対象に向かおうとする時、その感情の矛先が向く方向は正しいのかと思う。その矛先を向けるべき相手はそこなんだろうか。ぐっとこらえる度に胸の奥につっかえが増えていく。でもこれは仕方がないのだ。原因はわからない事の方が多い。原因を探ればわかることもあるだろうけど、その時間と労力を割くくらいなら諦めて前に進んだほうが、よっぽど健全な事が多い。そういう選択をして毎日は進んでいく。

来週はUSTREM放送、うまくいくといいな。素晴らしい番組が、原因のわからない問題によって障害を受けるべき理由なんてどこにもないのだから。
by gulliverdj | 2013-03-08 03:22 | 独り言
とりあえず書く、こと。書いてしまうということ。/ 一風堂創業者の言葉
最近、書く事について考えることが多くて、特にそういう本を読んでいるからというわけではなく聞かれたり言われたりすることが多いから。

でもいつも書いてしまってから「あちゃー!」って思うことが多くて、Twitterいつも書く事だから思いつきで勢いで書くから誤解されたり誤読されたり、でも反対に共感してくれたりする場合もあるからもちろん楽しい部分の方が多い。それは、ストレスなく思いついた事をそのまま吐き出せてるから。事実情報も含めて。

それはつまり、毎回その発言の整合性とか辻褄とか合わせてないから。過去の発言とかたまに観たり、1年前のインスタや写真やfoursquare履歴を表示してくれるTimehopみたいなサービスやTwilogの1年前の今日の機能を使うとまったく逆のことを書いてたりする。

あぁまずいな、益々信用されなくなっちゃうなと思うんだけど、そういう時は一風堂の創業者の言葉を思い出す。

「お客さんに『味変わりました?』と聞かれると嬉しい。そうです、替えてみてるんです。常にスープもぜんぶ常に研究を重ねて変化をしていってる。だからそう言われると嬉しい」

もうどこで読んだかも覚えてないけどこれを読んだ時にちょっとびっくりしたんですよ。この創業者の方は胡散臭いし印象しかないし海外展開とかもう色々やりすぎだろって思ったりもするんだけど、この言葉だけはやけに印象に残ってる。ちなみに一風堂のラーメン自体は特にファンではないです、どちらかというと断然一蘭派だ!!!

要はひとまず書いてしまえる環境って凄く大事で。いい感じで流れていくのもTwitterのいいところ。たまに数週間とか数ヶ月、時に1年以上前のツイートがいきなりふとしたときふぁぼられる時は驚くけど。とりあえず書く、というか打つ。

そうなるとこのエントリの話じゃないけどいればいつからこの「書く」に代わる言葉が出てくるんだろう。文字を打つって言うし、かなり使われているけどこの打つ、という事と書くには明確な個体差があるし、その物理的身体の動きの差によって産まれる文章の差が絶対にあるはずだ。感覚的でしかないけれど。とりあえず指が痛いので最近は小指でフリック入力したりする今日この頃です。ももちの個別握手会で今度自慢してみようかな。
by gulliverdj | 2013-02-16 16:27 | 独り言
Twitterの公式RTの功罪
公式RTがTwitterを駄目にした。

正確にはコミュニケーションや、話し合う、議論の場としての機能は公式RTによって損なわれたと私は思う。情報伝達という意味ではその拡散性・速報性・正確さにおいて確かに公式RTは画期的な手段になった。しかし意見を伝える手段、自分のオピニオンを伝えるものとしてはどうなのか、最近とても違和感を覚えるようになった。

理由は簡単で、それが公式RTされた意図がわからないところにある。公式RTされたのはわかってもそれに対してどう思って、何を感じたから公式RTされてるのかサッパリわからない。たまたまその時にTLにてフォローしている人だったらなんとなくわかるけど、基本的には推察するしか無い。公式RTした後に別のツイートでそれに対する感想を述べることが多いと思うけど、それはたまたまその時間にTLにいないとわからないし、ましてや同時多発的に公式RTされた場合、同じTL上だと表示さえされない。だから「一体これはなんのことについて言っているんだろう?」という呟きを凄く多く見かけるようになったという気がする。

大量にRTされていてもまったくそれに対する反応もリプも何も無い時の不気味さ。もしかして、これ自分のあのツイートについて言ってるのかな、どうしようかな絡もうかなと悩む僅かなストレス。絡んでいったとき「え?全然関係ない話ですけど」という時の小っ恥ずかしさ。そうして、段々とTwitter上で会話ややり取りをする事が億劫になっていっているという気がする時がたまにある。

TL見てるとなんだかやたらみんな「斜に構える」って言葉使ってるけどなんでだろう。流行っているんだろうかとか思うけどそれが自分のツイートきっかけかどうかなんて全くわからないんですよ。だってもしかしたらきっかけになったかもしれないツイートみてもこの通りで一体反応があったのかどうかなんてわからない。

自分だけなんだろうか。単純にフォロー数を減らせば済む問題なんだろうか。ツルンツルンと公式RTされていくツイートの山は非常に不気味なものである。あと、RTしてるのにリンク先まったく踏んでない問題とか。あと、まだ公式RTが実装されていなかった2年以上前のツイートがRTされてまるでついさっき呟いたかのように蘇り反論された時のどうしたらいいのかわらない具合ったら無い。

だから自分はなるべく長いツイートであれば、公式RTした後に非公式ツイートで、原文の後半を削りながら書くようにしたしりしているけど付け焼刃感半端ない。

もっと公式RTされた内容に関する議論がきちんとそれに紐付いて可視化すればいいのにと思う。今のところそれがわからない。だからBranchのようなサービスに期待したりするんだけど、なかなかまだうまいようにはいっていないのかもしれない。現場レポツイートばんばん公式RTしてるくせに何言ってるんだって思うかもしれないけど、なんだか公式RTにまつわる自分の中での違和感がずっとモヤモヤして離れない。

情報の、事実の伝達方法として公式RTは間違いなくひとつの有効な手段だけど、対話とか会話の潤滑油になっているのだろうか。それともそんなもの誰もTwitterに求めていないだけなんだろうか。それともただ僕がTwitterについていけてないだけなんだろうか。
by gulliverdj | 2013-02-16 15:47 | 独り言
キーボード・iPhoneで文章を入力するということ / 小田嶋隆「小田嶋隆のコラム道」を読んで
小田嶋隆さんのコラムに関する本、その名もズバリ「小田嶋隆のコラム道」を読んだ。超ベテランコラムニストのさすがのタイトル。直球。でもこの本で最もおもしろいのはハッキリ言ってタイトルになっている小田嶋氏自身による「コラム道」ではなく巻末に収録された内田樹との対談部分だ。本編のコラムに関する話もおもしろいんですが、どうしても小田嶋氏のコラムが並んである印象があって、それに対して新鮮味があるという話しです。連載まとめ本でよく、ありがちな話ですね。

その中から、ふとその中でネットとかTwitterで文章を日々吐き出している身としてうなずいたところを少しだけ。

手書きの原稿を書いていた時代から、ワープロの出現を通じてネットで書くようになった事による変化について
内田「いまはまったく考えずに、とりあえず書き始めるということができる。ある程度の分量書いてからカタチを整えればイイ。そう思っているから。これに慣れちゃうと、手書きで書けなくなる。僕はもうまったく手書きでは無理ですね。」
小田嶋「手書きでは私も二五六文字ぐらいが限度ですね(笑)。一四〇字のツイッターぐらいの文字数なら何とかいう感じです。」
内田「僕は一四〇文字でも、もう手書きでは書けないかもかもしれない。手書きだと頭のなかでフレーズが浮かんでから、文字が出力されるまでのライムラグにもう耐えれない。」(235p)

これ読んでいる時そうそうと、凄く頷いて。僕もとりあえず書き始める、という事が出来るって凄いなといつも思う。自分自身、普段Twitterで呟き投稿するときも長くなりそうな時は、とりあえず書き始めてだーっと140文字の文字数を気にせず書きたい事は全部書く。そこから削る。どうしても収まらない時は複数ツイートに分割するけど、なるべくひとつのまとめるようにする。なぜなら分割しても両方読んでくれる保証なんてどこにもなくて、大抵例えばRTしてもらえてもどちらかのみ流れていく。だからなるべく140文字に収めるようにする。それに慣れてくると不思議と、140文字で大体十分な事に気付く。

140文字という制限が半ば強制的に推敲という作業を発生させ、整えてくれる。無駄を省いてくれる。伝えたいことは、短ければ短い方がいい。でも最初からそれは無理だから、とりあえず書き始める事ができる。内田樹や小田嶋隆のような原稿書いてる人たちとひとつの呟きを並べるのは申し訳ない気持ちもありつつ、でもそこはそうだよなと思う。

次に問題になってくるのが内田樹が指摘する「頭のなかでフレーズが浮かんでから、文字が出力されるまでのタイムラグにもう耐えれらない。」という事だ。とりあえず書き始める、という手段は誰でも手に入れられるようになった。次にそのタイムラグについてだが僕はもうフリック入力の速さのタイムラグにも耐えられ無くなってる。とりあえず書き始めるまでがもう億劫になる。

パソコンを用意するまでもなく、手元のスマホで場所を来にせず書き始めるところまでは来てもそのフリック入力の速度にストレスを感じ始める。僕は片手でやっているので、もっと速い人から「両手でやればいいのに」と言われ何度かチャレンジしたが断念した。確かに両手にすれば劇的に早くなる。ただ、ちょっとハードル高かったので今もちまちま片手でやっているのですが、もう指が痛いんですよ。指というか指の腹ですね。長時間使ってるとスクリーンどころか、何触っても痛くなる。超敏感肌みたいな。もはや病気なんだけど、どうやらこれを世間では「スマホ病」というらしい。

とにかく、次の入力手段がほしいなといつも最近思います。タイムラグの話はもっとより短いスパンに向かってる。キーボードとマウス、というハードの進化に対して永年変わらなかった入力インターフェイスがようやくタッチ画面とソフトウェアのデザインにより変化したと思ったら、まだ更にその先を求める。音声入力がそれとはどうしても思えなくて、となると脳の信号を直接読み取るという話になってくるのかなぁ…

TwitterやFacebookのTLを「流れる」と表現するように、もっと流れるように僕らの思考も流れでていけばいいのにな。タイムラグに対するストレスで手段から離れてしまうのが嫌なんです、手段自体は凄く好きだから。手段に、もう人間の能力が追い付いていないのかなと思ったりします。



小田嶋隆氏の長いながーいコラムが毎週無料で読める日経ビジネスオンラインのコーナーはオススメです、好き嫌いはハッキリする人だと思いますけど、これが毎週無料で読めるって凄いので、ぜひ。

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明:日経ビジネスオンライン

ちなみにコラムでいうとCINRA.NETのメルマガで毎週配信している武田砂鉄さんのコラムも毎週楽しみなコラムのひとつです。
by gulliverdj | 2013-02-16 15:06 | 独り言
直感を信じるということ、直感を育てるということ
迷ったときは直感に従うに限る。

直感に従った行動の積み重ねは結果的に、毎日をより満足度が高いものにする。迷った末に「仕方なく」選んだ選択肢が高い満足度をもたらすには、沈んだ気持ちを覆すためのそれだけの予想外の驚きと質が求められる。そんな結果に「仕方なく」出くわすなんてことは残念ながらあまりない。直感で選んだ場合、たとえその結果が最悪なものになろうとも「まぁ仕方ないか」と割り切ることができる。どちらがより精神的衛生上、健全か疑う余地は無い。

ただ、やみくもになんでも直感を信じるのは危険だ。直感を疑うことも大事な事。「まぁ仕方ないか、直感で選んだんだし」と納得する事と、思考停止状態は背中合わせだ。自動的に「直感」を選択し続ける状況に陥る時がある。これは直感で選んだ選択肢とは言わない、ただの惰性。直感を疑うということは、その直感が果たして本当に「経験に基づいた直感」か自分に問いかける事である。経験によって「直感は育つ」からだ。

直感は育てる事ができる。直感は偶発的なもののように思えるがそんなことは無い。直感には裏付けがあるし、特に「振り返っても、あのときこっちを選んでいてよかった」と思う直感には「あぁ考えてみればそういうことだったかもしれない」という必然性がある。

自分の直感の育て方は、とにかく情報・経験・体験をたくさん「浴びる」こと。感覚的な話だけど、「浴びる」と書考えるのがしっくりくる。とにかく観る、感じる、読む、匂う、食べる、触る。あまり深く考えずに、とにかく色んな情報を広範囲に浴びていく。すぐ忘れるかもしれない、すぐに思い出せなくなるかもしれない。でもそれは確実に頭のどこかにバラバラに散らばっている。そういう断片をたくさん頭の中に溜めていく。

そうしていくとある時、それらの断片がカチっと繋がる時がある。選択に迷った時や、何かに新しい情報が自分の中に取り込まれた時にそれは起こる。それが直感だと思う。直感は偶然じゃない、必然だ。「浴びた」時は単体の体験だったり情報だったりするものが、時を経てまた別の刺激を受けた際に浮かび上がってくる。直感の裏には必ずそういった作用がある。最近、そう感じる事が多くなってきている。そしてその浴びるものはより広範囲であればあるほど、直感の質は高まる。直感にしたがってよかった、と思える確率は高くなる。

僕は頭が悪いのでひとつひとつの情報を検証してロジック組み立てて結論出すとかできないんですよ。だから直感を信じるし、直感が鈍らないように育てるとうにすることには注意する。経験の幅が狭まらないようになるべく注意する。経験の幅がそのまま直感の幅になる。「直感の質」のようなものを上げる事ができるのならば、それは体験・経験・情報が狭く深いよりかは、浅くても広くする事だと思う。

直感は便利な言葉だ。迷った時には直感に従うに限る。でももし、その直感の裏にある経験値が非常に狭いところしかなかったら、少ない情報量だったりしたら、その直感は自ずと限られた場所にしか生まれない。運命的、と思ったその直感は実は予測できる範囲内のものだったとするならば…直感を信じたいのはその先により刺激的で運命的で発見と驚きのある結果を求めるから。ロジックではきっと辿りつけなかった場所があると思いたいから。

直感と向き合って、直感に誠実になる。そのために直感を育てる。その結果は、まわり道になることもあるかもしれないけれど、新鮮な驚きと発見をもたらずまでの距離はきっと短いはず。そう思いたい。
by gulliverdj | 2012-10-19 20:57 | 独り言
首都圏アイドルファンCD交換忘年会 セトリ #ICDex
01.ハジメマシテ/LinQ
02.Chu! Chu! 晴れるyeah/AeLL
03.Fantasyが始まる/モーニング娘。
04.GO ON, GO!/SakuLove
05.スキスキスキ/テクプリ
06.好きだな君が/道重さゆみ・譜久村聖
07.チャイムが終われば/LinQ
08.永遠に中学生/私立恵比寿中学
09.サラバ青春 (Acoustic Version) /チャットモンチー
10.勇者の憂鬱/遠藤舞
11.ゆるふわweekend/CQC's
12.Couple of shadow/Fanta☆Peace
13.FOOTMAN/JK21
14.Kiss!Kiss!! ~地図にない道標~/OS☆U
15.真冬の星座たちに守られて/広末涼子
16.Loop&Loop/ひめキュンフルーツ缶
17.恋の微熱/ひめキュンフルーツ缶
18.愛の弾丸/ Berryz工房
19.ひまわり/ひめキュンフルーツ缶
20.涙目ピースサイン/JK21
21.いつかどこかで。/ガーディアンズ4
22.君の友達/Berryz工房
23.自転車チリリン/スマイレージ
24.タンタンターン!/MilkyWay
25.one more time/Happiness
26.21世紀/モーニング娘。
27.Only you/モーニング娘。
28.予約したクリスマス/AKB48

01.今年の1曲:Loop&Loop/ひめキュンフルーツ缶

2011.12.3@渋谷宇田川町 喫茶SMiLE

@mnkst さんが当日の録画Ustをタイムテーブル付きでまとめてくれています。
つたないDJですが、よろしければ他の素敵なDJの方々と合わせて、Ustアーカイブ聴いてみて下さい → 首都圏アイドルファンCD交換忘年会 Ustream
by gulliverdj | 2011-12-04 01:53 | 独り言
ブログ更新再開するぞー
アメブロでもないし、アイドルちゃんのブログにコメントする時も絶対リンク貼らないし、シンプルさが売りだったのに、変な機能や広告増えてユーザー離れ著しいエキサイトブログが先日ファンタピースの中村菜摘ちゃんに発見されてしまったので更新再開します←

まじめな話し、ちゃんとまとめて文章というか感想や想いを、レポをちゃんと書く場所を保っておかないといけないなぁと思いまして…

Twitterで長文をまとめて連投していると一連の文章ではあるんだけど基本的にはバラバラになるから、おもしろいのが人によって同じ現場の一つの感想なのにおもしろいと想ってくれるとこやRTしてくれたり反応して頂けるポイントが人によっててんでバラバラ。つなぎの間のちょっと小休憩のつもりでつぶやいたツイートについて、あ、そこに共感してくれてるのかなとか意外な発見がある。かつレポの拡散性と対話性、スピードの点においてはやはりTwitterはずば抜けて優秀で向いてると思う。なのでもちろんTwitterやめるという選択肢はないのだけれどただ時間とともにあっという間にすぎていくものを書き続けるのも何か自分の頭の中もそのまま流れていってしまっているようでちょっと問題なんじゃないかなぁと思うようになりまして。堅苦しく考えるわけじゃないんだけど、とにかくもうちょっと時系列的に流れの緩い場所にも自分の想いを残しおく場所を大切にした方がいいなと思って、ブログを再開しようと思った次第です。とはいえただ再開いうても続かないので、最低週1回の更新と自分でルールを決めようと思います。形式には何もこだわらない。もしよろしければTwitterとあわせましておつきあい下さいませ!


話は変わって、このブログを再開するにあたって、逆にブログで長文でダーッと書いたレポを分割してTwitterに落としてみるというのもありかもしれない。文脈は編集時に変更され、反応のポイントは分解され、文章の組立もTwitter上のTLに委ねられる。ブログの文章に感想書こうと思っても億劫だけど、Twitterのいち呟きには反応しやすいっていうのは個人的によくあることだし。そう考えるとTwitterとは言葉の実験場ですよね。連続ツイートをただTogetterでまとめることにはいつも違和感を感じる。それこそブログでやれと思ってしまう。ちょっかいを入れられながら、横から意見が入ったりしながら考えが変わったり方向性が変わっていきながら進行するTLのまさに生き物的な働きとブログがいい感じに反応すればいいなと思うのは、これはまた先の話し。


もうすぐ2011年が終わる。2ヶ月を切ってる。今年は2010年とはまったく違った年となった。様々なことありすぎたしアイドル界とのスタンスの取り方、活動範囲、自分自身の取り方発信活動。ただがむしゃらに回るのではなく何か悩みながらやってきたころもあって、ただガムシャラに楽しんでいられるほど今年のアイドル界は単純じゃなかった。それは去年と今年のTLの流れを見ていれば、きっとただ自分の主観ではないと想ってる。

一方で最近Instagramのおかげで数倍旅が楽しくなっている事があって。遠征、特に撮影可能な現場というのは言葉よりも簡単に共有できるしその魅力を伝えることができる。言葉が減ってきているという気がしていてなかなかこの最近の自分の変化とみているものの整理ができていない。
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目の前にあるものの記録。ではなく、目の前にあるからこそ、その中にいるその瞬間だからのこそ感じるものを大切にしたい。僕はiPhoneの画面を見すぎたのだ。旅と町と一体となったアイドルを観に行くという体験をより肌で感じ続けていないといけない。でなければその現地に行っている意味がない。いったい言葉は誰に対して感じて欲しいのか、誰に見て欲しいのか読んで欲しいのか意識しろ。僕は今何のためにこの言葉を書いている?その袋小路に入ってしまう前にもっと他のチャンネルを持たなければならない。Twitter一辺倒を8tracksやTwitcastやUstに徐々に広げていく。Tumblrの使い方未だによくわかんないけど使ってみる。その前にまずこのブログ更新再開である。書けよバカやろー!まとまった文章も書く最低限の能力のない奴がなにがレポートだあほんだら!
by gulliverdj | 2011-11-05 10:23 | 独り言
週間ガリバー日常記 *0号
2011年の最初の週はこの僅か1週間ほどで脳みそが混乱してしまう刺激的な体験、作品を観てきて色々と考えてたらたらたらと垂れ流すのもあれなので、久しぶりに普通のエントリを書いてみます!箇条書きですが、日常と非日常の体験、自分の頭の中の動きをだらだらと書き連ねてみようと思います・・・よろしければお付き合いください!って書いてたら長くなってしまったのでもうメルマガ形式にして週間ガリバー(仮)にしました!!

2011年1月7日 新年*0号

・モーニング娘。9期加入が起こすハロプロの変革
1月2日がこんなにもハッピーな日があっただろうか!娘。への新加入9期4人の発表がなされた中野サンプラザには期待感が充満していた。その多くは鞘師合格によるところが多い最終オーデ結果への納得感、そしてエッグをじっと見守ってきた関東のハロヲタの歓喜にあったのではないか…娘。の高齢化に対する対策として申し分無いし、人数も9人に戻る絶妙なバランス感…おいらの娘。への期待指数グングン上昇中!

意外な効果がベリキューメンがこの加入にとても刺激を受けている事だ。必読のハロチャンvol.3の愛ちゃんと愛理の濃いインタビューに代表される様に2日の発表後にベリキュースマメンが各々にツアー日記、ブログやセレンドで9期加入について反応している。今のモーニング娘。はあくまでハロプロのピラミッドの頂点でありながらベリキューより芸歴が長いのは愛ちゃんガキさんの5期2人のみという歪んだ状況、その歪み自体は8,9人体制が最終的に横浜アリで昇華させた徹底的なステージの完成度とパフォーマンス力によって是正されていた。「やっぱりモーニングさんは凄い」とハロ紺の度に元キッズメンはどこまで心から思ってるかは知らないが言うのである。ハロメンもそれで納得していたと思う。ただもう今回はそうは行かない。今回の冬のハロ紺で5人のモーニング娘。を消極的に観せた事への失望(初日のA1しか見てない中での感想です)は十分過ぎる程のハロ変革の布石だ。「小学生だけどモーニングさんだから『鞘師さん』て呼ばないといけないのかなぁ?」なんて今回ばかりは誰も思っていない。もう誰も娘。に気を遣ってなんかいない。本当の意味でモベキマスの序列が変わる時が来ている。この混沌とした状況に意識の変化が確実に生じてる。そのきっかけを9期の加入は確実に起こしてる。春紺でお披露目される新生9人体制のモーニング娘。は12月15日のステージからはまるで別のグループになるだろう。人によっては観るに耐えないと言うかもしれないけど、それでいいしそれがまた成長していくのが楽しみなのだから。そしてそれをどう受け取るかで変わる現存のメンバー…長らく娘。にとって無縁だった変化が確実に訪れている、それは娘。だけではなくメンバー固定のベリキューメンにも訪れている…

今回のオーデ選定のポイントは、4人中素人が1人しかいない事だ。譜久ちゃんは言わずものがな鞘師は既に共演者であり広島アクターズの出身、生田も既に芸能事務所に所属していた経歴を持つ。これはこのAKB独占のアイドル市況の中長い眼で成長を待つ余裕と体力が娘。にもハロプロにも無い判断から即効性を必要とした事が大きくあるんではないだろうか…従来の「未知数」は鈴木が確保する事で9期のみで客呼べてしまうのでは無いかという安定感!

ただ、僕らはそんなつんくあるいは事務所の判断が正しかったのか考える必要もある気がする。僕らは毎回つんくのその計り知れないロリータ審美眼と先見性を理解できず、大体は追加メンの発表に拒絶反応を見せながら成長していく課程であぁつんく様つんく様とひれ伏するのがお決まりのパターン。それは結局ヲタの望むものを裏切り違うところから刺激してくれる要素を選ぶ力だ。こんなにも歓迎されたオーデ結果が今まであっただろうか…それをもっても期待感が高まる事はぜんっぜん抑えられないけどね!!

中野初日の興奮冷めやらぬ中、2日後位にSとぅさんTwitterからの9期メンの愛のこもった紹介があった。今まで新メンバーの加入においてはいつも練習についていけない事への悔しさに泣き怒られるメンバーの姿ばかりを観てきたものだから、とても新鮮なツイート群だった。今まで知る術が無かっただけで毎回マネージャー等の現場スタッフレベルでは新メンバーは毎回こう大切にされていたのだろうか。それとも良く見られる「娘。を選んでくれてありがとう」という感謝の気持ちなのか。Sとぅさんから見守れる新メンバーの成長というのもまた今までに無かったので楽しみだ。

この9期4人には想像を越える期待が掛かっている。それは娘。の変化だけでなくハロプロ全体への刺激と復活への期待だ。ハロに大きな変化を起こせるとしたら腐ってもモーニング娘。の中から波及するものでしかいない。

想像の話だけど、AKBが桜の花びらたち2008をリリースした頃、Perfumeがベストを出したときの終末感からの反発した爆発みたいなものがハロブロにも今必要なんじゃないかと思ってた。それをハロ紺でベリキューが5人の娘。を滅多打ちにしてくれる事で位しか期待出来ないかなと思ってたけど、今回の9期加入はそんな劇薬的ではなく明るい成長と変化の予感をハロにもたらしてくれたと感じてます。改めまして、9期の4人おめでとう!そしてありがとう。心から期待しています!!

・アサヒカメラ1月号「AKB48劇場」撮影:篠山紀信
これ以上にほとばしる熱が伝わる劇場写真を僕は観た事がない。絶対に、特にAKBヲタ意外に観て欲しいAKBの写真。書店に来週位までは並んでるはずなのでぜひ立ち読みして欲しい。ページ数は10枚も無い。そこにあるのは暗く狭い劇場空間の生の息吹だ。多少盛ってる感はあるもののそこは巨匠の技w去年は3回しか入る事が出来なかった新参でもAKBの醍醐味は劇場だと嫌でもわかる。

キャパ250人ながらも凝った演出装置、手を伸ばせば届く近さ、2つの柱…劇場を形容する言葉は巷に溢れてるけどなかなかそんなスペックはどうでもいい話で。篠山紀信が今回撮ってくれた写真は毎日のように観るテレビでの華やかな姿、コンビニの雑誌棚を覆う水着姿の彼女たちとは全く違うものだ。本当のAKB劇場の空間はもっとアンダーグラウンドで暗く生々しい場所…それを言葉ではなく画で見事に暗闇に浮かぶ彼女たちを捉える事によって表現されていると感じた。躍動感と暗闇とぬるぬるとした生の質感、写真集にして欲しい。

・2010年現場活動ついて
253回とか関係ねぇ!量より質!そもそも握手会のみのイベントとコンサがフラットに並べられるのがおかしいですから。その辺りの詳しい内訳はまた現場大賞ラジオで話せればと思ってます。このペースを崩す気は特に今のところ今年も回数的にはこんなところに落ち着くんだろうと思います。東京遠征の際には1日3現場が当たり前の様になって単純に物理的にこれ以上大きく伸びるのは無理!ひとまずよく倒れなかった俺!うん!去年は明らかに自分の体調管理不足で年末辺りにぶっ倒れてしまったのだが今年は遥かに現場数を上回ったにも関わらず倒れる事なく無事2010年を終える事が出来ました。

健康な身体なくして健全なヲタ活動もなければアイドルを純粋に楽しむ心もない。アイドルに救いを求めるスタンスも間違っては無いと思うんだけど自分はそう極限状態で見たくない。アイドルと一緒に楽しんで全力で出来るだけ近い目線で応援をしたい。ヲタ活動と同じ位に健康維持が重要。それを実感し実践出来た1年というわけで初めて自分で自分を褒め(ry

・アイドリング!!!9th+カウントダウンライブー接触時代の限界
アイドルちゃんと年越しですよカウントダウンライブですよ!!もおおおおおおそれは楽しかった!ゆりかるゆりかると年を越せるとか何なのこの多幸感!カウンドダウンライブは昼夜がフルメンバー出場のガッツリライブなので後のカウントダウンは結構番組形式レベルで進むまったり感を想定してたけど。そんな事は全く無くむしろ昼夜よりも寸劇→ミュージカルのオープニング、メンバー楽器演奏のアコースティックver.目には青葉等構成としては凝っていたwww歌も聴いていてとても安定感があるしこれは大人メンさすがとしか言いようが無いクオリティだった。升野さんいなくても歌だけではない複合エンタメを出来てたと思う…そうここで升野さんの話である。

今回のナンバリングライブに升野氏はスケジュールの関係で出演出来なかった。僕にとっては初めての品はち以外のアイドリングのコンサート、升野さんがいるライブを観た事が無い。けれども昼公演の満足っぷりったら無かった!ステージの華やかさから放たれる圧倒的「楽しさ。」ダンスとかパフォーマンスとかじゃない、アイドルのライブって本当はただこんなに「楽しい!!」って気持ちをシンプルに掻き立てるだけでいいんだ!そんな原始的な気持ちに帰るのはもちろん満足出来るレベルのステージに達している事は言うまでもない。品はちの集大成とも言える素晴らしいアイドルの「ライブ」だったと思う。

そんなで僕は浮かれているとお会いしたりTwitter上の古参リンガーの方々は結構冷静で…確かに自分は普段ハロプロで観ているライブの視点でこの中野サンプラザが楽しかったのであって、きっとアイドリング!!!の醍醐味である升野さんを筆頭としてフジテレビスタッフと絡めた複合のオリジナルのエンターテイメントを僕はまだ観れてはいないんだなぁと感じた。楽しかった事には変わりないんですけどね!でもとう事はすなわち品はちでライブステージパフォーマーとしての力が着実についている事が証明された今、更に成長するアイドリング!!!のステージに升野さんが加わったらどのアイドルも達した事のない新次元のステージが観られるんじゃないか…おらワクワクしてきたお!!

改めて升野さん出演の10thライブを待ちたい。等・等・等観たかったなぁ…なんせ記念すべき10回目ですからね!ジワジワとまた今年は客を増やしていくだろうからどの箱でやるか想像もつかないなwktk!

そんな期待感と共に、少し残念に思ったのはステージ上の4期生の存在感の薄さだった。特に推しはいないけど、歌割にしてもソロパート等はどうしてもまいぷるとんちゃんルリカうめこ辺りに偏ってるからなかなか目が行きづらい。20列前後辺りで観てるとほとんど目立たない。

一方握手会へ出向くとかおるん・裕奈に超長蛇の列が出来る。彼女たちは握手モンスターと呼ばれたりする。現場では握手列の長さが目立ったりするけど、個別の握手が開拓するマーケットは微々たるものだ。我々は握手券という名のCDを買う事にもはや一々疑問も感じないし当たり前だと思ってる。でもこの売り方もそろそろ続かないだろう…アイドリング!!!は番組という核のコンテンツがあってそこで4期生もキャラ立ちしつつあるからいいんだけど、祐奈が「握手を頑張る」ってなんか違和感を拭えない。加入してまだ1年も経たないのに期待しすぎなのかもしれないけど、やっぱり個人的には良いステージが観たい。良い番組が観たい。んー、アイドリング!!!は番組がベースにある以上目的地が見えにくいのでまだ整理が付かない…

「今、会えるアイドル」を掲げたももクロちゃんがZeppツアーをスタートさせる現状、AKBの全国握手会が箱は大きくなるものの個別握手会については確実にピークを越えて当選しやすくなってる実感、研究生まで個別にし始めた終息感…握手への接触へのヲタの飽きからのハロプロステージング再評価の可能性…

2011年はAKBバブルが弾ける年とするならば接触とは違う新たなアイドルの売り方の時代が到来しようとしているのかもしれない…中身何にもわからないけれど。

・JK21の進化
12月15日はもちろん横アリでの卒紺の日としてこの12.15水曜日は一生忘れられない日になったのは間違いないんだけど同時にもう一つ別もので大切な日であった。JK21のメジャーデビューである。

2010年12月15日にJK21は「I・愛 KANSAI」をテイチクレコードより発売し正式にメジャーデビューした。仙台のタワレコで視聴したという報告もあり、いよいよこの中津の超下町ローカルアイドルがこのご時世に全国へ出ていくのかと感慨深かった。まだ通いだしたの去年の夏ですけどねwwwでもこの短い期間で着実に変化を遂げた。元々曲の評価は低くはなかった。関西弁を全面に押し出した元JK21のメンバーが今も書く歌詞やコテコテのコミカルな曲調からバラードまで既にオリジナルの持ち歌はそれなりに充実していて更に今回のカップリング曲「めちゃラキガール」もかなりクオリティが高くそれが全国に届く感動!

メンバーも特にそれを先月の東京でのキャンペーンで実感した様だ。その週末の各メンバーのブログには確かな手応えとお客さんが増えた実感を各々書き綴っていた。今回デビューシングルに参加したのは6人の正規メンバー。JK21はシングル毎の選抜制を実施する程体力があるわけではないが完全なピラミッド型の垂直組織である。「JK21」を頂点としてその下に「JK21〜プチッ娘〜」更にその下には「研究生」が属している三段階制。定期的に組織内オーディションが行われ、プチからJK21への、研究生からプチへの昇格可能機会が設けられている。地下ながら秩序だった組織型アイドルなのだ。今回デビューしたのはこの頂点のJK21メンバー6人。プチは現在6名、研究生は6人確認出来ている。

キャンペーンに主に回るのはJK21の6人でこの6人が受けた刺激がいい感じにプチにも伝わっている。プチも数人は東京での月1回の定期ライブに参加する事となった。そこから帰っての年末ラストのアトリエクラブ(毎週木曜と週末に行われている公演、AKBで言う劇場公演の様なもの)でプチが力強く来年の豊富として「来年はJKに上がりたい!」と口にする。今週初めて自分担当のプロデュースアトリエを行ったプチのあずにゃんも、大人しめの控え目な子なのがしっかりと昇格への意思を表明しより成長する事を違う…意識の変化はそのままステージに出ていて最近のアトリエクラブはそれまでのグダクダ感から一歩垢抜け様としる気がする!今後のJK21の動きにおいら夢中!NMBなんて気にしないでJK21の道をこのまま進むのがいい!

・映画「ノルウェイの森」
素晴らしい映像作品!去年は天保山のIMAXシアターの閉館に際し何度かあの巨大3Dシアターに通ったり、映画館でアイドル現場の中継を楽しんだりといつもとは違う映像体験をしていた中での久々の純粋な映像作品鑑賞での感動…

原作を読んだのは大学生の頃で、内容をぼんやりとは残っているものの、細かいストーリーまでは覚えてなかった。ただあの漠然とした空気感は憶えてる位で結果的にそれがとても原作との比較に固執する事なく楽しめて良かった。

とにかく画が美しい。まるで絵画の連続を観ている様なのだ。リアリティが無い美しい世界なのに繰り広げられる内容は酷く生々しくリアルだ。痛々しいし興奮する。この村上春樹の日常から一歩ズレたところにある非日常の世界観は日本語の原作映画を、ベトナム出身のフランス人が監督し中国人が撮影を行いイングランド人が音楽を担当きたからこそなし得た事なのかもしれない。もっとトラン・アン・ユン監督の作品が観たい!!

役者で言うとミドリを演じた水原希子がヤバイ!めっちゃくちゃ興奮したよ速攻フォトブックポチった!菊池凛子と松山ケンイチは圧巻の演技、完璧なワタナベであり直子だった…玉山鉄二の長沢さんもハツミ役の初音映莉子も、どの役も完璧に思える適役…

とりあえず前売り鑑賞券はもう1枚すぐにその日の内に買ったので村上隆の絶賛まとめを読みつつまた来週にでも観に行こう。

エンドロールが流れ場内が明るくなった後もしばらく動けない衝撃からようやく腰を上げロビーに出ると小さなチラシラックに人だかりが出来ている。覗くとそこに並んでいたのは今月公開されるAKB48のドキュメンタリー映画のチラシだった。

・プロデュースされるアイドルという「器」
アイドルはプロデュースされてなんぼだ。常に材料として人に様々な形で料理されて世に出していく、それを去年AKBは徹底的にやり尽くした。結果、僕たちは多種多様なコラボもPVも楽しむ事が出来て飽きの無い1年だった。企画屋の秋元康は自分ではなくいかに他人にプロデュースさせる事をプロデュースするかが大事なのかを知り尽くした業界人。その手腕は存分に発揮され今年も早速映画が公開される。

岩井俊二監督のドキュメンタリーといえば2002年日韓ワールドカップの日本代表を追った作品が秀逸だった。桜の栞のPVも僕は良い映像だったと思うし今回のドキュメンタリー映画にも期待したい。2010年のAKBはネタには少なくとも困らない。いくらでも材料はある。さてどう岩井俊二が調理するのか…

ここだ、ここの期待感である。いつも観ている子達が一体この人にかかるとどうなるのか!そういった期待感が残念ながらハロプロには無い。材料として最高級だという事はBuono!の例をとっても証明済みなのである。なぜやらない!糞っ!それを一方的な非難する気は無い。実際にそれがハロプロの唯一無二のカラーとして独自性を見せているから。企画屋ではなく音楽プロデューサーのつんくボーイは音楽の事は大好きでもプロデュースされる材料としてのアイドルという意識が薄い。その結果ガラケーならぬガラドルとしてのハロプロが今再び評価されつつあると思う。

この違いを例えようと思うとたまに玉入れが思い浮かぶ。アイドルは上にある籠だ。僕らヲタは必死に籠に向かって玉を投げようとする、つまりは握手会やコンサの応援を通じて少しでも籠の中に玉を入れて籠を重くしようとする、けど入るのはたまに1個2個。プロデュースする側は上からドバーッと大量の玉を量も色も選びながら流し込む。それによって色が変わったり膨らんだり変化する籠を少しながらの僕らの思いも混ざりながら下から見上げる…どうにもうまくまとまらないのでこれはまた整ったらいつの日か…

・石上純也「建築の新しい大きさ」展
・小谷元彦「幽体の知覚」展
年末年始に観た共に刺激的な展覧会。石上氏は建築家であり、小谷氏は彫刻家である。それぞれ肩書きを持ってはいるものの、各々の展覧会で見せつけてきたものはその肩書きの枠組みを越えていくものだった。

石上純也はその展覧会タイトル通り様々なスケールでの建築のあり方の違いを観せた。しかし建築らしい建築といえば「地平線を作るものとは大地と空の境界線」という着想の元、巨大なフラットな建築の中に緩やかな屋根と地面の傾斜を作り多種多様な地平線を作り屋内にいながら場所によって全く違う新たな奥行きを持った空間が現れるものや、超高層の平面の小さい建築が実現すると違った空間が立ち上がる展示の二点くらい。最初の展示は「雲をつくる」。ティッシュみたいな薄い膜が細いワイヤーによって積層されている作品で、息をふっと吹きかけると揺れるのである。大体雲な時点でそれは人が内在でかる建築ではないwwしかし美しい朧げなボックスとして不思議な存在感を放っていた。雲もそうだったが最後の展示も豊田市美術館自体を敷地と見たてベネチアで金獅子賞を受賞した作品の進化版で名前は「雨をたてる」もう詩である。実態はただの棒が大きな長方形の空間を囲っているだけ、その棒自体も存在があやふやなくらい細い。建築とは何か、空間とは何か。徹底的に投げつけられる詩を作り上げる実現性と立ってしまったものに呆気に取られる…

重要なのは従来の建築家の「建築知らないとわからない」展覧会ではなく素人にもわかる、楽しめる空間知覚エンターテイメントとして成立していた事が画期的だ。

この展において小谷氏も彫刻家とはもはや呼べないバラエティの広い素材と作品群…両者とも統一なのがそれが肩書きを越えたところにいながら普遍性を持つ娯楽性を有してる事が凄い。アイドルに明確な定義など無い。そこがまさしくおもしろいわけで、だからこそ毎回色んなアイドルを見る度に驚かされ、こんなアイドルもいるのか!こんなアイドルもありなのか!といつも驚きを貰っていてそんな感覚を僕はこの展覧会2つを観て同様に感じた事である。

石上純也展は既に昨年終了してしまったが、小谷元彦展は現在も森美術館で絶賛公開中!公式サイトのFlickrでは展示風景もアップされてるので迷われてる方はそちらを観てから決めるのもアリ!ぜひぜひ!


・親戚に「オススメのサイト教えて」と聞かれた話
サイトと言われて全くピンとこなかった。もはや多くの人にとってインターネットとはそれぞれにカスタマイズされた世界にある。誰が見てもおもしろいインターネットなんて無いしましてやサイトなんて言われると動揺する。僕なら今は主に好きな人、気になる人をTwitterでフォローしたり好きなサイトのRSSをキーワードでフィルタリングしながら自分だけのフィード購読環境を作り情報をインプットしたり…それらデータを元にまた個人別の広告が表示され…全てはほとんど動的環境であり静的なサイトにおいてインターネットを楽しむ事なんて無い。でもそれって気付いたらそうなってたのであってこれを人に説明して更に自分の環境を構築してもらうなんてなんて難しいんだろう…何の話や!

・トマパイ新曲が鬼ヤバス!
旅立ちトランスファーが超良曲!ちょくちょくTLで話題のトマパイ曲がいいとの噂で、TSUTAYAに置いてあったのでレンタル!アルバム聴いてみたもののちまたで大絶賛のキャプテンは君だが全くピンとなく現場も無しで興味が薄れていたところにメジャーデビューとこの曲ですよ!

オフィシャルHPでチラ聴き出来ます → Tomato n` Pine 公式HP「Tomapai」
*音量が結構大きめなので要注意



以上お送りしました週間ガリバー日常記如何でしたでしょうか!

予想以上の長文に自分でもゲンナリですwwwもっとコンパクトに行きたいものですね!では次号もお楽しみに(ありません



*編集後記

なんかどうしても長文書くとなると堅くなりますね・・・

Twitterとブログの使い分けの手始めとして、1テーマ1エントリを書く事がエントリ書くのが億劫になってる一因ではないかと推察した結果1テーマ1エントリではなく日記的に最近あったこと感じたことを書いていけば少しもう少しブログも書くんじゃないかなという試みのスタート、ていうかこんな長いといくらなんでも読みづらいwwwやっぱ1エントリ1テーマがいいかなぁ・・・ひとまずこの辺りでwwwバイバイ☆

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by gulliverdj | 2011-01-08 01:13 | 独り言
明けましておめでとうございまーさ
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新年明けましておめでとうございますガオーッ!
今年も無事中野で正月現場始めを迎えることができました。

シャッフル禁止という縛りの中で組まれた
DDにとっては本当に死神がスッと頭をよぎる
鬼のような内容で大変楽しゅうございました。
娘。ベリ、スマの新曲初披露にも立ち会えたのもよかったです。
冷静に振り返れば大味な感が否めないセトリかも
しれませんが、DDにとってパラダイスであることは変わりありません。

あとは大阪厚生のみの参戦ですが
思いっきりはしゃぎ倒したいと思います!!
今日から始まるシャッフル紺にも期待ですね、自分は
大阪で初見なのでまた情報規制を張っていきたいと思います。

あと、連絡事項ですが私年末にケータイをBuono!紺で亡くしてしまいました。
翌日には回線停止して、こんなのが出来るんだと驚いたんですが
遠隔操作によってケータイ拾われた方にもアドレス帳・メール等一切
観られない状態になっておりますので皆様にご迷惑おかけすることはないと思います。
なので元々連絡マメではないのですがしばらくケータイが
繋がらないのでご了承下さいませ!すいません。

さて、最後になりましたが
去年はほんとーーーーーーーーっに沢山の方々に本当にお世話になりました!
ありがとうございました!みなさんいなければ僕の充実した2009年の
ヲタ活動はありませんでした。今年も色々とご迷惑かけるかと思いますが、
糞DDの相手をちょっとでもして頂ければ幸いなのれす。

2010年もみんなのヲタ活動が華々しいものでありますように!
それをいくらか共有出来ることができたならいくらか楽しくなると思うのれす。
本年もどうぞよろしくお願い致します!!!
by gulliverdj | 2010-01-05 08:52 | 独り言

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ガリバー gulliverdj

大阪の現場大好き社会人ヲタ

推しメン:安福美麗/清水佐紀/鞘師里保/西野七瀬/大場美奈/佐藤綾乃/田﨑あさひ/田中れいな/根間菜月/原直子/坂井朝香/庄司芽生/高田里穂/橋本絵莉子/宮澤佐江/石田安奈/前島亜美/田中梨奈/宮繁恵梨/田辺奈菜美/橘ゆりか/萩原舞/玉井詩織/稼農楓/小野亜由実/大塚光/小川紗季/清本晏名/阿部愛友美

アンチメン:なし
ヲタ歴:8年
狼歴:7年
所在地:大阪
年齢:29
現場用装備:自作ヲタT
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